のだめ分析その2「のだめカンタービレ」じゃなくて「千秋カンタービレ」なんじゃないのか?

語り手の問題をまず挙げる。 
この話の主人公は二人いる。
千秋真一と野田恵(のだめ)だ。
しかし、語り手(モノローグ)はあくまで千秋が8割となる。
そして、後の1.9割はその他の登場人物、または登場人物以外の説明文的な語り手(それは作者でもなく、ナレーターの様な存在のものである)
そして0.1割程度がもう一人の主人公の野田恵(のだめ)である。
 




何故語り手に千秋を選んだのか?
とりあえず三点考察してみた。
まず一つにはそれは一言で言えばのだめが「変態」だからである。
 彼女は普通の女の子ではない。恐らく本を読んでいる人であれば理解できると思うが、
「性格は無神経で図々しくて」
「何日も同じ服で」
「奇声を発する変な女」
「人の着替えをのぞたり」
「人のパソコンで有料エロサイト見てたり」
「人が吸ったタバコの吸い殻を集めたり」(この中の人とは千秋の事)
(Lesson38の千秋の台詞より)する女など、100人に一人いればすごいもんだ…。と世間一般では思う。
そういう「世界不思議発見で動物奇想天外」な女(Lesson48の峰の台詞より)のモノローグをいれても誰も感情移入できないからだ。
そして、それと対照的なくらい、千秋は普通の人なのである。
といっても、アクの強いキャラクターであることは否めないのだが、のだめの行動を予測することは読者としても全くと言っていい程わからないのだ。
9巻で、千秋がのだめに一緒にヨーロッパに行こうと誘う時に、拒絶するのだめ。
12巻で、千秋のキスを拒んだのだめ。
13巻で、別れを切り出した千秋に飛び蹴りをくらわすのだめ。
本当に読んでいる側としては予測不能なのである。
普通の女であれば、喜ぶだろう、泣くだろう場面で、予測不能な行動をする。
読者も一緒に千秋の視点にたって、のだめという一人の摩訶不思議な人物に振り回される事が面白いのだろう。
もし、のだめのモノローグで語られる物語であるならば、
例えばLesson44で、のだめが千秋から離れないように、留学への足がかり作るためのコンクールに向けての練習の場面で、
「千秋先輩に追いつきたい」
というモノローグがあったとする。
そうすると一気にのだめは未知の存在から「一般的な女の子」へ成り下がってしまう。
作者はそういった場面も、うまく千秋がのだめに残した台詞をモノローグ的に使って、のだめの行動を導いてゆく。
(シューベルトの曲を練習するのだめはまさにそうである。
千秋からの楽譜と向き合え!というメールをみて、かつてシュトレーゼマンに言われた事を思い出し、真剣に向き合おうとする)
そこで、作中に出てくるのだめのモノローグがどれほどあるか調べてみた。(#は巻を表す)
1 #1 Lesson4 「昨日は先輩にめちゃくちゃ怒られたのに」
峰とヴァイオリン・ソナタをして一発で合ってしまった時。
2Lesson5  「昨日 泊まったんですね…… 彼女 いたんですか……」 
多賀谷彩子と千秋が千秋の部屋から出てゆくのを目撃した時。
3 「きてくれた  わたしに会いに……」 
千秋奪還作戦を考える峰とのだめのもとに千秋が入ってきた時。
4 #2 Lesson 7 「ごはんの買い物頼まれちゃったー(ハートマーク)」
千秋から夕飯の買い物を頼まれ浮かれるのだめ。
5 Lesson14  「のだめ帰っちゃいますヨ!」
千秋がSオケの練習でメンバーから質問を受けていてなかなか帰れずのだめが取り残されている場面。
6 「どうしてオケストラにピアノってないんだろ」
千秋がなかなか帰らないので一人でとぼとぼ帰るのだめ。
7 #4 Lesson21 「のだめも 先輩と泳ぎタイ……」 
のだめ、千秋、峰、真澄と四人で音楽祭に向かう途中の海での場面。
8 Lesson23  「ちゃんと弾けたと思いマス…… これでいいよね?千秋先輩……」
音楽祭最後の日に誰もいない練習室でピアノを弾き燃え尽きたのだめ。
9 #5 Lesson25  「千秋先輩 見てくれたかな……」
学園祭の前夜祭、Sオケでピアニカを弾いた後ののだめ。
10 Lesson26 「ピアノ ピアノ ピアノを弾かなきゃー!!」
学園祭でラフマニノフを弾いた千秋を観た後、走り出すのだめ。
11 #8 Lesson43 「先輩とわたしの 恋の序曲」 
江藤の家でコンクールのために合宿をしている時にピアノ・ソナタ「清掃」を弾くのだめ。
12 #12 Lesson70  「先輩は知ってる」
バッハを弾けるようにインテリジェンスを高めるため、対位法を学ぼうとするのだめ。

以上、12ヶ所を挙げてみた。
他にも多少あるのだが、今回は重要な論点ではないと思うので、あえて取り上げなかった。
特徴の一つとして、単発のモノローグであるということ。
コマが複数に分かれた感じのモノローグは一つとしてない。
そしてこのモノローグの二つ目の特徴は、全て千秋に向けられたものであるということ。
(10を除く。6も千秋に向けられたものではないように思うが、千秋と一緒にオーケストラがしたいという想いが根底にあるので千秋に向けられたものと判断する。)
そして、もう三つ目の特徴は巻を追う毎に、のだめのモノローグはどんどん少なくなってゆく、ということである。
しかし、その中で10ののだめの叫びのようなモノローグはこの中で際立って特異だ。
千秋のラフマニノフを聴いて、雷に打たれたように走り出し、寝食も忘れて何かに取り憑かれたようにピアノを弾くのだめ。
そこには、千秋に対する想いではなく、ピアノを弾きたいという情熱が籠っている。
彼女は千秋がもちろん好きなのであるが、この話の軸が「音楽」であるということを物語っている。
ごく普通の一般的な女として描かれるならば、いろいろとそこで悶々と考え込んでしまうだろう、
「なんてすごいんだろう、私には追いつけない」
とか、そういった恋愛に絡めて考えるのだろう。
千秋の視点(またはのだめ以外の周りの人間)によって描かれる事により、のだめを未知なる存在として留め置き、常に読者に興味を与えるキャラクターに仕上げているのだと思う。

そして、二つ目の理由は千秋の個人的な心情の変化を描くのに必要だと思われる。
のだめが千秋を好きだということは、わかりやすく描かれている。
しかし、ここで重要なのは千秋がのだめに徐々に個人的にも惹かれてゆくということだ。
物語の軸からこの事は外せない。
感情の揺らぎを描くには千秋の方が見ている側としても紆余曲折する部分があって読み手にとっては面白いのだ。

そして、三つ目としてはのだめは天才だが千秋はそうではないという点だ。
もちろん12歳でウィーンのヴァイオリンコンクールで優勝するということを考えても千秋は才能はないわけではない。
しかし千秋は「努力の人」だ。
(もちろんのだめも努力をしていないわけでは決してないが)
彼は必死に努力をして今の立場があるのだと思う。
「大学に入るまでそれこそ朝から晩まで」
「血ヘド出るくらい」(Lesson6)練習したのだ。
言い換えると、のだめは「努力では手に入れる事のできない何か」を持っているということにもなる。
そういうのだめが語り手になったとして、物語の本質は見えてこない。
「感覚的な何か、言葉では表現する事ができない何か」を持つ者が自らの成長を語っても親近感はわいてこない。
「努力では手に入れる事のできない何か」を持っていると自負する人間は一般的にはあまりいないであろうから。
「努力」の上にのだめの持つ「感覚的な人を惹き付けるもの」を千秋が少しずつ身につけてゆく事で彼自身も成長してゆく。
物語の全体の流れを考えてみると、のだめよりも上の立場にあった千秋だが、そのうちのだめが千秋に並び、更に追い抜いてゆく存在へとなりつつあるのではないかと思う。
(あくまでもプライベートオピニオンですが、そういう展開になってゆかないと行き着くところへ行けないと思うから)
波を描くとすれば二つの波が交差して片方が上昇してゆく。
そしてまた交差しつつも上昇してゆく。
もちろん千秋も成長しているのだが、芋虫が蝶へ孵るようなのだめの成長を読者と共に見る形式にする方が読者を惹き付けやすかったという事なのだろうと思う。

と、長くなってしかも何を言っているのかいまいちよくわからなくなってしまったのだが、
あくまでこの話は語り手の千秋を通して、読者共々、未知なる生物である「のだめ」を見守る物語なのだ。
なので、「千秋カンタービレ」ではなく「のだめカンタービレ」となるのである。
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by rui-hadsuki | 2006-08-07 22:41 | books〜のだめ雑記
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